『恋することについて答えを出そう』のパリの写真

『恋することについて答えを出そう』は、永井宏さんの遺作となった詩集である。永井さんが旅立ってから1ヶ月後の今年5月に発刊された。ぼくは、この本について、何か書かなくてはいけないという義務感があったのにも関わらず、永井さんがいなくなってしまった喪失感と今年遭遇した数々の困難のため、キーを打ち込むことができないでいた。ディモンシュで発刊記念の写真展を開催し、追悼の会ともいえる朗読会も行った。そして半年が過ぎ、こうして何かしらの事柄を記しておく気持ちになれたので、この本に対する想いを記しておきたい。
 
 『恋することについて答えを出そう』で使われている写真は、雑誌『ガリバー』の1992年5月14日号の「映画で旅するパリ」特集のために、永井さんがフランスへヌーヴェル・ヴァーグのロケ地巡りをしたときにパリで撮影したものだ。発売当時、書店で『ガリバー』を手に取った時の衝撃は、今も鮮明に覚えている。フランス映画の魅力に憑かれ、サントラ盤や大きなポスターを買いに、会社の休みを使って年に数回のパリ詣でを楽しみにしていたぼくは、いつか自分がやりたかったロケ地巡りを先回りされたような、少し悔しい気持ちになった。自分と同じようなことを考えている人がいることにも驚きもした。数年後に、この号を編集したのが岡本仁さんであることを、ディモンシュを開店してから知ることになる。また、同じ特集内でジャック・タチの旅をしていた沼田元氣さんとも懇意にしていただき、自分の結婚式で主賓挨拶をしてもらうことになるなんて、この頃の自分は予想もしていなかっただろう。特集の記事で永井さんの名前を見つけた。パリでのロケ地巡りのページだった。映画にちなんだパリの街角を紹介し、『勝手にしやがれ』の撮影監督ラウル・クタールにインタビューしていた。永井さんとはそのころには知り会っていたので、知っている人の文章を読んでいると、最初の悔しい気持ちはどこかに吹き飛び、まるで自分が旅をしているかのような気持ちにもなった。永井さんはぼくの中で強い憧れへと変わっていった。後年この『ガリバー』を片手に、今度は自分が永井さんの旅した場所を巡っていた。
 
 永井さんと初めて出会ったのは、88年のことでぼくがまだ大学3年生20歳のとき。アルバイト先の新宿伊勢丹の夏のキャンペーンで永井さんの作品がビジュアル・イメージとして使用されたときのこと。アルバイト先というのは、伊勢丹宣伝部の装飾担当で、仕事内容といえば社員の雑用業務だったが、設営と撤去ではアーティストの手伝いもしていたので、普通の学生だった自分にとって、目や耳に入ってくるもの全てが刺激的なアルバイトだった。この時代の経験は、今の自分のベースになっている。その頃、永井さんは東京に住んでいて、バイト仲間の美大生たちが永井さんの自宅に手伝いに行っていた。永井さんとまともに会話したのは、翌89年のことだ。伊勢丹の社員が友人達と所有していた三崎の諸磯にあったル・マタンという映画『ベティ・ブルー』の原題から名付けた別荘でおこなったパーティーだった。逗子に引っ越していた永井さんは、ウィンドサーフィン帰りで、半袖短パンという出で立ちだった。就職の相談に乗ってもらい、ある会社を紹介してもらった。結局、流通業界での宣伝業務への興味もありビブレに就職したが、もし永井さんに紹介してもらった会社に勤務していたら、自分の人生も変わっていたことだろう。

 『ガリバー』が発売されてから間もなくして、サンライト・ギャラリーが92年5月にオープンした。ぼくは会社の休みとなるとサンライト・ギャラリーへ行き、永井さんからパリのロケ地巡りのことや、シェルブールやナントの話しを聞いた。知りたいこと、行きたいところを全て知っている永井さんは、ぼくにとって本当に眩しい存在だった。ぼくがカフェ・ヴィヴモン・ディモンシュを始める約2年前の話しだ。カフェを始めようと最終的に決断をしたときに、家族以外で賛成してくれたのは永井さんだけだった。好きなものを仕事にする決断をさせてくれた恩人。カフェ開業を決めた時の永井さんからのプレゼントが、ラウル・クタールのサイン入り『勝手にしやがれ』のポスターと、『ローラ』のロケ場所となったナントにあるレストラン「シガール」のメニュー表だった。そのいずれも、92年のフランス旅行での永井さんの思い出の品。

 店の名前をヴィヴモン・ディモンシュに決めたのも、永井さんが『ガリバー』で書いた一文からだった。カフェのオープンも決まり、内装工事も始まっていた94年2月。店名が決まらないでいた自分に永井さんは「イメージすることが大事」とアドバイスをくれた。それでもずっと付き合って行くことになる名前を簡単には付けたくはなかった。そこで、手にしたのが自分にとって宝物になっていた『ガリバー』だったのだ。永井さんが書いた文章の終わりに、パリではムービーも撮影していて、ちょうど旅行中に亡くなったジョルジュ・ドルリューに敬意を表して『日曜日が待ち遠しい!』のメインテーマを、ムービーのBGMにつけた。ということが記してあり、ぼくはここから『日曜日が待ち遠しい!』の原題ヴィヴモン・ディモンシュを店名にすることを決めた。

 昨年プロデュースした黒木千波留さんの『過ぎ去りし日の…』に収録されているフランス映画のサントラ曲は、その頃に聴いていた曲ばかりなのだが、実はお蔵入りしているデモ・テイクがある。それは『日曜日が待ち遠しい!』のメインテーマ。ぼくにとって思い出深い曲であり、黒木さんの演奏も素晴らしかったのだが、アルバム収録は見合わせることにした。『恋することについて答えを出そう』のページをめくる度に、ぼくはこの曲を思い出す。ブラジル音楽に傾倒していた自分が『過ぎ去りし日の…』でフランス映画のサントラに回帰し、永井さんが『恋することについて答えを出そう』で選んだパリの写真。共通しているのは、あのころのパリだった。
 
 永井さんは全国の若者たちに多大な影響を与えた。物を作ったり、絵を描いたりする人。文章を書く人。詩を書いたり読んだりする人。音楽を奏でる人。ぼくはどれにも当てはまらなかったけれど、生き方は学んだ。

 ぼくがカフェ・ヴィヴモン・ディモンシュを続けていくうえで『恋することについて答えを出そう』を手にするたびに、センチメンタルになるのは、これからも変わらないだろう。ぼくにとって、あのころに永井さんと出会えて本当に良かった。今でも、そしてこれからもずっと強く憧れる存在であり続けるだろう。       堀内隆志
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by cvdois | 2011-11-08 02:09 | マスター


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